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2009年3月27日 (金)

今日は植木等の命日です!合掌

★植木 等(うえき ひとし)

1926年12月25日戸籍上は1927年2月25日) - 2007年3月27日)は、日本俳優コメディアン歌手ギタリストである。高度経済成長時代の日本を代表するコメディアンとして1960年代に一世を風靡して、数々のヒットギャグ、ヒット曲を放った。仲間内での愛称は植木屋植木やん

●経歴

愛知県名古屋市にて生まれる。父・植木徹誠(1895-1978)は東本願寺名古屋別院にて僧侶の修行中だった。本人が『徹子の部屋』で語ったところによると、植木は大正天皇が崩御した日(1926年)に生まれたが、その時間は定かではない。ちょうど父が体調を崩していたので、叔父が届けをまかされた。叔父は届けを忘れ、翌年ようやく出生届けが出されたため、戸籍上は翌「昭和2年」(1927年)生まれとなったという。届けが遅れたので幾ばくかの罰金を徴収されたという。植木本人は「三世代に亘ってしまいました」と笑い飛ばしていた。本来は昭和元年12月25日生まれである。

植木等の父親である徹誠(てつじょう)は、かつて徹之助と名乗っており、若い頃はキリスト教徒であった。後に浄土真宗の一つである真宗大谷派常念寺の住職となる。被差別部落出身ではないが「自分は部落民ではないと思う事が、すでに相手を差別していることだ」と述べて、水平運動に参加した。治安維持法違反の罪にとわれて投獄をされても積極的に反差別と反戦を貫いて運動をした。また、60年安保のデモ隊にも参加した。

ただし、「謹厳実直」なだけの人物ではなく、息子・等から見ると「支離滅裂」で、義太夫語りになろうとしたこともあり、「いわば蕩児でもあった」という。

少年時代には、ステテコ一丁の徹誠が等を、寺の「仏様」の前につれていき、物差しで頭を叩きながら「この音を聞いてみろ。金ピカだけれども中は木だ。こんなものを拝んでも、どうにかなると思ったら大間違いだそ」と諭されたという。

「等」の名前は、この社会運動家の顔も持っていた父が「平等」にちなんで名づけた。少年時代の等は、投獄された父に代わって僧衣を纏い檀家を回るという生活を送っている。その経験もあってか、1993年ハナ肇が亡くなった時、その葬儀において自ら読経した。

また、代表作『ニッポン無責任時代』でも、植木が演じる主人公は当初、「香典泥棒」と設定されていたが、「寺の倅」として耐えられなかったのか、自ら設定を変え、「香典泥棒に限りなく近い人物」という役になっている。

●植木等のギャグ

  • 「お呼びでない?……お呼びでないね。こりゃまた失礼いたしました!」(シャボン玉ホリデー)
当時植木の付き人をしていた小松政夫に呼ばれ、誤って出番以外のコーナーに登場してしまった際に植木が発したアドリブが元ネタ(ただし異論もあり)。
  • 「なんでアル?アイデアル」(アイデアル傘のCMで一躍ヒットギャグ)
  • 「これでイーヘラ?」(「インへーラー」という吸引用器具のCMから生まれたギャグ)
  • 「この際カアちゃんと別れよう」(1971年に大塚食品「ボンシチュー」内のCMで一躍ヒットギャグ。ドラマ、レコードまで制作された)

●映画

●主要歌唱曲

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 いまこそ、日本にはこういう男が必要だ!

  • Book 

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