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2009年11月 6日 (金)

侍、松井秀喜、おめでとう!

松井秀喜は人生の岐路に立たされると、いつもあえて厳しい道を選んできた。2002年オフ、松井がヤンキースへのFA移籍を決めたときもそうだった。

 会見では「最後の最後まで悩んで苦しかった。何を言っても裏切り者といわれるかもしれないが、いつか『松井、行ってよかったな』といわれるよう頑張りたい。決断した以上は命を懸ける」と涙ながらに決意を口にした。

 巨人に残留していれば、スーパースターの座は約束されていた。だが、必ずしもメジャーで成功するとはかぎらない。しかも、スター選手のそろう名門ヤンキースへ。松井は「最高の舞台で世界の頂点に立つ」というあえて厳しい道を選び、これを「僕の夢」と言い続けてきた。

 松井のメジャーデビューは03年3月31日のブルージェイズ戦。初回にロイ・ハラデーからレフト前へのタイムリーヒットを放ち、初打席・初安打・初打点を記録し、4月8日の本拠地開幕戦ではツインズのメイズから第1号満塁本塁打を放つという最高のスタートだった。

 だが、契約を延長した06年から風向きが変わった。3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)辞退では、これまでにないブーイングにもさらされた。5月には左手首を骨折。最悪のシーズンを味わった。

 その後も太もも、右ひざ、左ひざと、相次いで故障に見舞われた。“限界説”がささやかれたこともある。それでも松井の心は折れなかった。それも、巨人を去るとき、「決断した以上は命を懸ける」と誓い、「夢」を追い続けることに迷いがなかったためだ。

 今季は契約最終年。去就について取りざたされているが、それでも松井の心は静かだ。入団から6年間届かなかった頂点…。「そのためにやってきたんだ」と松井は力を込める。

 第6戦では先制の2ランに2点タイムリーと獅子奮迅の大活躍。ニューヨークのファンの大歓声を浴びる中、松井が自らのバットで頂きを引き寄せ、MVPまで獲得した。(産経ニュース200.11.5)

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 高校時代の4打席連続の敬遠、いまだにまったき語らない。

 なにがあっても人のせいにぜず、淡々と取り組む。

 まさに昔気質の真のサムライだ!

 おめでとう!!!

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