『能力点検をマメに行なう』鎌田浩毅(京都大学大学院教授)
1.「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という有名な書き出しで始まる福澤諭吉の「学問のすすめ」は、明治時代に22万部という驚異的な部数を刊行したベストセラーだ。人口比で現代に換算すると80万部を超える自己啓発本の元祖でもある。諭吉は、人の価値は生まれながらのものではなく、学問を習得した度合によって決まると説く。全編を通して学力ある人の尊厳が熱く語られる。人間を身分や家柄でなく実力で判断する業績第一主義である。
2.諭吉の言う学問とは「実学」のことである。和歌や王朝文権階級が享受してきた学問ではなく、庶民が生きていくうえで必要な、時代に即したものである。読み書き算盤に始まり、地理学、究理学(物理学)、経済学が含まれ、これらを西洋の翻訳書から学べと説いた。米国やヨーロッパをじかに見てきた諭吉にとって、西洋世界で研究されている諸学問はすべて実学なのである。
3.こうした実学を身に付ければ、変転する世界にも対応できると諭吉は考えた。ここで大切なことは、「棚卸し」すなわち点検のし直しである。商品の「棚卸し」を定期的に行うのと同様に、自分自身が持っている能力の点検も怠るなという意味である。能力点検をマメに行い、今すべき仕事をきちんと特定せよ、という助言である。「論語」でいう「下学(かがく)上達(じょうたつ)」(現在のポストでよい仕事をこなし、いずれ上位に達する)の姿である。
(参考:「週刊東洋経済」2009年11月28日号)
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