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2010年5月16日 (日)

【正論】社会学者・加藤秀俊 国の文化財「仕分け」する難しさ

ワシントンの「アメリカ歴史技術博物館」にほとんどカンづめ状態になって研究していたことがある。この博物館はその実態からいえば「生活文化博物館」とでもいうべきもので、そこには大は機関車から小は食卓のスプーン、開拓時代の縫い針にいたるまで、アメリカ人の日常の暮らしにかかわるおびただしい量の物品がたくさんの展示室にみごとにならべられていて、いっこうに飽きることがなかった。

 ≪博物館の第一義的な役割≫

 だが、こうしてこの博物館に通勤し、収蔵品カタログのカードを調査していてわかったのは、この博物館で「展示品」として公開されているものが、じつは「収蔵品」のごく一部にすぎない、ということであった。たとえば南北戦争のころの鍋、釜類、ブロードウエー・ミュージカルの衣裳(いしょう)や小道具、おどろくほど多種多様なものが収集されているのだがこれらの「収蔵品」の大部分は人目にふれないところで保管されていたのである。

 なにしろ、アメリカ全土からあらゆるガラクタを収集して、それらの物品によって歴史を語らせるというのがこの博物館の趣旨なのだから、毎日のようにどんどん搬入される品物をワシントンの一等地に保存しておくことは空間的にも財政的にも不可能である。だから人里はなれた場所に巨大な敷地を確保し、そこに倉庫群をつくり、ひとつひとつ分類整理して収蔵してあるのだ。

 この博物館にかぎらない。世界じゅう、どこの博物館でも収集されたものの大部分は「収蔵庫」のなかに眠っている。その「収蔵品」の一部を特定の期間だけとりだしてきて「特別展」「企画展」などをすることもあるが、「収蔵品」の多くは文字どおり「収蔵」されているだけで「展示」されることがないのである。

 だいたい博物館という施設は「収集」と「保存」がその第一義的な役割だ、とかんがえたほうがよい。「展示」はその付帯的サービスなのである。大規模な博物館なら「展示品」の数百倍の「収蔵品」がその倉庫のなかにある、とみるのがただしい。

 ≪1機だけ保管されたYS11≫

 美術館もおなじこと。収蔵されている数万点の美術品のうち何百かは「常設展」として一般市民のために開放されているが、大部分は収蔵庫のなかで保管されている。相手が文化財なのだから、温度、湿度などの管理も完璧(かんぺき)を期さなければならないし、ものによっては点検整備など維持費もかさむ。文化財保護というのはおカネもかかるし場所もとるのである。

 例の「仕分け」によって国立自然科学博物館にあるYS11保存のための予算が打ち切られる可能性があった、という報道を読んで、わたしはこうした博物館や美術館のことを思いだした。

 ご存じのかたも多かろうが、この飛行機は戦後日本の技術が結集した大傑作。かつて「ゼロ戦」や「川西大艇」といった軍用機の設計、製造で世界の最高水準に達していた日本の航空機技術はアメリカ占領軍によってことごとく凍結されていた。

 切歯扼腕(せっしやくわん)していた戦前からの技術者たちが1957(昭和32)年の凍結解除を待って、ふたたび挑戦して完成させたのがこの双発ターボプロップ機なのである。国内はもとより海外でも評判になってほうぼうの航空会社がこの飛行機を導入した。

 1964年の東京オリンピックではこの国産飛行機がアテネから聖火をはこんだ。わたしじしんも国内線でずいぶんこの飛行機に乗った。

 ≪「展示」になければムダ?≫

 だがこの名機はすでに生産中止。ほとんど退役である。とすればこのYS11一機を国がだいじに保存しておくのは当然のことであろう。もとより、この飛行機がいまも自衛隊などで訓練用に使用されていることは知っている。また成田、所沢など数カ所で屋外展示、つまり雨ざらしで保存されていることも承知している。だが完全な状態で屋内収蔵されているのはこれ一機だけである。やたらに「展示物」として公開しないのもあたりまえだ。

 それをムダだ、というのは博物館の「収蔵品」と「展示品」との区別を知らない無知のなせるわざである。あるいは博物館の役割を「展示」だけに求める錯覚である。ルーブルをはじめ世界の美術館の収蔵庫にはおびただしい数の絵画彫刻が保存されているが、それが「展示」されていないのはムダなのであろうか。

 現代に生きているわれわれがごくふつうに目にしている工業製品も、何十年、何百年か先の社会では過去を知るための重要な文化財になる。YS11だって、いずれは重文指定、あるいは国宝になるかもしれないのである。

 ムダ退治は結構だが、文化行政の中身については、ムダどころか逆にその貧困を恥じるべきであろう。わたしはワシントンの博物館ですごした日々を回想しながら、彼我の文化政策の懸隔を思ったのであった。(産経ニュース2010.5.13)

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