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2010年7月10日 (土)

国柄探訪:子供が喜ぶ武士道論語③

■4.「徳は孤ならず。必ず隣あり」

瀬戸氏は「人間としての徳性を身につけていれば、周りに自然と人が集まってくる」事は、歴史を見ても多くの例があるとして、こう説く。・・・近江聖人と呼ばれた中江藤樹なども滋賀県の小川村という片田舎に住んでいたのに、その人徳を慕って全国から人が集まってきています。当時は電話もないし情報も少ないのに、どこからか彼の評判を聞きつけて学びたいという人が大勢やってきました。伊藤仁斎にしても、二宮尊徳[c]にしても、佐藤一斎にしても、藤田東湖にしても、西郷隆盛にしても、みんな彼らの徳を慕って全国から人が集まってきています。「徳は孤ならず。必ず隣あり」の実例は、歴史を振り返れば数限りなく存在しています。だから、みんなも自分を徳のある人間に磨くように心がけていけば、絶対に寂しい人生を歩むことはありません。「徳は孤ならず。必ず隣あり」とは『論語』に出てくる孔子の言葉だが、派遣村で過ごす若者たちも、日頃からこうした言葉を習って自分の人間を磨いていれば、親兄弟や友達が助けてくれたであろう。そうした学問をしていなかったばかりに、誰も助けてくれない、という寂しい人生を歩む。『論語』が今の我々の人生にも大切な教えを含んでいることが、よく分かる一節である。


■5.勉強ができる子とできない子の違いはどこから来るのか?

このように身近な例で『論語』の教えを説いてくれるのが、子供たちが喜んで瀬戸氏の勉強会に参加している理由だろう。もう一つ、身近な例をあげよう。「子曰(い)わく、教えありて類なし」という一節を説明した部分である。類とは「種類」のことで、人間にはいろいろな種類がある。善い人もいれば悪い人もいる。学校では「人間はみな平等だ」と教えるが、それなのにどうして善い人と悪い人がいるのだろう、と瀬戸氏は子供たちに問いかける。
君たちのクラスでも、同じ先生に勉強を習っているのに、勉強ができる人とできない人がいるでしょう? どうしてそうなるのだろう。それは努力している人と、努力していない人の差です。同じ先生が、同じ情報を皆に与えているのだけれど、「僕は一所懸命に勉強して立派な人間になる」と心に誓っている人の方が、絶対に成績が上がります。したがって「教えありて類なし」とは、人間は正しい教えを受けて、一所懸命に勉強することによって、誰でもみな素晴らしい人間になるということです、と瀬戸氏は説く。すなわち勉強ができるかどうかは本人の努力で決まり、その努力ができるかどうかは、本人の「志」の如何による。
じゃあ、どういう志で努力をするのがよいのでしょうか。それは「自分は立派な人間になって、世のため人のために役立つ人間になるぞ」という心がけです。その気持ちさえ無くさなければ、君たちは絶対に立派な大人になることができます。

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