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2010年8月21日 (土)

【甲子園・夏】興南・我喜屋優監督 脱「なんくるないさ」で沖縄県勢夏の甲子園初優勝

 試合が終わったばかりだというのに、九回の守りの記憶がはっきりしない。「ずっと昔のことを思いだしていたんです」。刻一刻と迫りくる歴史的瞬間に脳裏を駆け巡ったのは、40年以上前の色あせた光景だった。

 昭和43年夏、選手として4強入り。だが、優勝した興国(大阪)に0-14で大敗した。「体は大きいし格好いい。あの野球に勝てる時代がくるとは思ってなかった」。パスポートを持って船に乗り、鹿児島から夜行列車ではるばる大阪へ向かった18歳の夏。「内地」つまりは本土との格差に打ちひしがれた。

 社会人野球の選手、監督を経て母校に戻ったのは、それから39年後。ライバルの沖縄尚学が春に2度、全国制覇を成し遂げていたが、深紅の大優勝旗はいまだ海を渡っていなかった。

 「沖縄の学校は夏の甲子園では勝てない」。そんな声に真っ向からあらがった。意識改革の一つが、県民特有のおおらかさを示す方言「なんくるないさ」(何とかなるさ)を、野球において「良し」としなかったこと。県大会前、部の約束事を守れなかった主力メンバーの練習を禁じたのは、その最たるものだ。

 春の選抜を制した翌朝。満開の桜を見ながら選手たちに言った。「この花もいずれは散る。もう一度、根っこづくりから始めよう」。同郷の先人が咲かせられなかった花を見事に開花させた。(産経ニュース2010.8.21)

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