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2010年8月 8日 (日)

【正論】終戦から65年(杏林大学名誉教授:田久保忠衛)

■戦後の長い眠りから覚めるとき

 いくら戦前の反動だと説明しても、65年の惰眠は長すぎると思う。しびれを切らしたわれわれ有志は、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)を3年前に創設した。趣旨書は冒頭で「私たちは現在の日本に言い知れぬ危機感を抱いております。緊張感と不安感の度を増す国際情勢とは裏腹に、戦後体制から脱却しようとする志は揺らぎ、国民の関心はもっぱら当面の問題に偏っているように見受けられます」と述べた。

 民主党政権の出現に合わせるかのように、政、官、財、言論界などの一部に「こんな日本でいいのか」との新たな警鐘が鳴らされているようだが、国家全体の地盤沈下は戦後体制を是認してきた人たちも等しく認めざるを得ないだろう。半世紀以上前に日本を襲ったパシフィズム(平和主義ではなく不戦主義)は、不況の中でも「食っていけさえすればいい」との安易な心理を生み、どこまでこの国が落ちていくのかわからない。

◆惨めさから経済復興果たすも

 旧制中学の1年生で敗戦を迎えた衝撃は鮮明に憶えている。近くの駅前にはマーケットができ、軍服などの古着や履物が並び、得体(えたい)の知れない食物の前に大勢の人々が殺到していた。デンスケ賭博だろう。テーブルの上でたばこのピース箱3個をかき混ぜ、裏側の目印のついた箱にカネを張らせる。善良な賭け人がみるみる損をしていく。少しでも文句をつけた途端に他の仲間が出てきて殴る、蹴(け)るの暴行が行われた。焼け跡の薄暗いガード下に米兵のジープを待つ口紅を真っ赤に塗った女性たちがたむろしていたのも目撃した。

 敗戦の惨めさが原点になっていたと思う。われわれの上の世代で戦争体験者の人々を中心に日本は見事に経済の復興を果たしたと言っていい。ただ、経済大国の地位を得た途端にこれを正当化する人物が登場した。菅直人首相が6月11日の所信表明演説で「現実主義者」として敬意を表した故永井陽之助青山学院大学名誉教授だ。挙げられた著書『平和の代償』は1967年の出版当時、月刊誌「世界」を中心に大手を振っていた非武装中立論の中で、米国の国際政治専門家の常識を述べたものだ。その中で永井氏は日米同盟を必要だと言いながら、漸次米軍基地を縮小して有事駐留に持っていくべきだと説いた。確かにいまの民主党幹部の発言に通底する思考だが、「現実論」からはほど遠い。

 18年後の1985年に同氏は「現代と戦略」を書き、ここで戦後の保守政党が続けてきた「軽武装・経済大国」、それを支えてきた社会党などの野党勢力による「反軍・平和主義の国民感情」を「輝ける吉田ドクトリン」と称揚した。その2年前には大韓航空機が樺太上空でソ連戦闘機により撃墜され、ラングーンでは北朝鮮のテロリストが韓国閣僚らを爆殺する血腥(なまぐさ)い事件が続発している。吉田茂首相が口にもしなかった偽「吉田ドクトリン」は憲法を中心とした戦後体制そのものだ。

◆国際常識から外れた政治認識

 国際的プレーヤーに脱皮する大きな機会はあった。91年の湾岸戦争である。日本は130億ドルの大金を払い、汗も血も流さずに「吉田ドクトリン」を謳歌(おうか)した。戦いが終わり、クウェートは35カ国に新聞で謝意を表したが、日本の国名は脱落していた。多国籍軍が行動を開始した途端に日本の市民団体が集会を開き、米大使館に押しかけた。激励ではなく抗議に行ったのは、無法な侵略者サダム・フセインに好意を寄せていたからだろうか。

 社会党の党大会では非武装中立、反自衛隊、反安保が叫ばれ、誰に対する抗議か知らないが、ストライキを打てとの議論が出ていた。自民党にいた小沢一郎氏がこのあといかにもわかったような顔で「普通の国」論をぶったが、口先だけだったことはその後の彼の言動が証明している。

 国全体が国際的常識から大きく外れていった。菅政権の立場がどこにあるかは言うまでもない。悲劇である。

 戦後にいまだどっぷりと漬かり、緊張感のないわれわれの目前にいつの間にか大きな存在として登場したのが中国だ。日中関係の重要性はわかるが、個人と国家の関係は峻別(しゅんべつ)しなければならない。中国は、日本を「軍事大国化を目指している」と一時は非難し、人の良い日本人が必死になって日本はそのつもりはありません、などと弁解しているうちに日本の防衛費の3倍を支出する軍事大国に化けた。13億人の生活水準を向上させるために軍事、経済、人口などの面で国境を接している国にはとりわけ圧力が及びつつある。中国に「吉田ドクトリン」が通用するのか。

 安倍晋三政権のときにこの国は戦後の長い眠りから覚めると期待していたが、もう国家としての耐用年数は切れそうだ。ペリー来航以後わずか15年で先人たちは明治維新をなし遂げた。いささか遅すぎるきらいはあるが、志のある政治家にはいまこそ立ち上がってほしい。

(産経ニュース2010.8.6)

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