【正論】拓殖大学大学院教授・森本敏 震災機に緊急事態基本法整備を
東北地方太平洋沖地震は戦後日本が直面する最大の国家危機であり試練である。何よりも被災者への救援・支援が急務であり、被災者には何とか頑張ってほしい。国民全てが現地の痛みを少しでも分かち合おうとしている。われわれは力を合わせて危機を乗り越え、平穏で豊かな日本を早く取り戻したい。今、未曾有の被害規模に言葉もないが、救いは人々が互いに深い思いやりを示し、難局にあっても秩序や規律を守って行動する日本人の良さが報道を通じてわれわれの心を打つことである。
救われないのはしかし、政治や行政の拙(つたな)さである。与党はこの危機を政権浮沈の勝負どころとみているようだが、政治的パフォーマンスが目立つのは遺憾だ。首相は被災地訪問にヘリや車両を使うぐらいなら、被災民が困っている食糧・水・毛布・トイレを一刻も早く届ける努力をすべきだろう。
今回の震災での政府の活動は、ヘリによる官邸への映像伝送、J-ALERTの活用、迅速な災害対策本部設置など、阪神淡路大震災などの教訓が生かされて情報管理や内閣官房の体制面で多少の改善がみられる。だが、災害規模が尋常ではなかったことを考慮しても改めるべき点は少なくない。
≪原発の安全企業任せを改めよ≫
その第一は原発事故に関してである。日本は地震国であり、巨大地震にも耐えなければならない原子炉がこうした事故を起こすということは、深刻かつ重大である。原子炉の安全管理という重責を企業任せにしている態勢も速やかに見直されるべきである。また、官邸機能の最高責任者である官房長官がほとんど、この原発事故の処理に忙殺されていることも全体の危機管理上、問題ではないか。
一部の地方自治体が有効に機能しなかったことが問題その二だ。特に、県庁が機能してもいくつかの市や町の役所が全く機能せず、結局、自衛隊や警察などに依存せざるを得ないという事態が生じた。自治体が機能している前提で策定されている現行の危機管理体制には手直しが必要だろう。災害対策基本法に基づく地方災害組織が有効に機能したともいえず、この点もまた苦い教訓である。
三番目は海外から差し伸べられた支援の生かし方である。これを喜んで受け入れたことは至当であり、特に日米共同行動があらゆる分野で幅広くなされた点は、日米協力面で大きな成果であった。
だが、米国を除く国々の救援隊となると、日本での十全な活動を可能にする法的整備や便宜供与ができているわけではなく、交通手段から通訳、法的根拠、受け入れ先まで問題は少なくない。今後、是正されてしかるべきだろう。
≪展望欠いた陸自の定員削減≫
次に自衛隊の活動についてである。結局、大規模災害が起きてみると、自衛隊の能力に大きく依存するほかなかった。今回、東北方面総監が指揮して初めて陸海空部隊の統合任務部隊が活動し、その活躍は目覚ましかった。政治家のパフォーマンスで5万人から10万人体制に増員するなど現実的でない指示もあったとはいえ、国土の防衛態勢を維持しつつ他地域から派遣できる要員には限界があり、予備自衛官が招集された。
予備自衛官には実任務に着くという得難い機会が与えられ、その意味では結構である。しかし、背景には自衛隊の要員数不足があるわけで、新防衛大綱を作る際になぜ、防衛省内の反対を押し切って陸上自衛隊の定員を削減したのか理解に苦しむ。政権に国家の安全や防衛について知識と展望が欠落していたといわざるを得ない。
≪国家危機に国民の総力結集を≫
五番目が政府全体の活動に関しである。危機管理の活動は、首相官邸の一貫した指揮と統制の下に機能的に統合されている必要がある。しかし、現在の政府連絡本部は各省庁の出先機関でしかなく、総合調整の機能からは程遠い。
原発から財政、経済、交通、計画停電、物資調達など、国民生活や危機管理の問題を、首相権限の下で全般統制ができないと、政府連絡本部は有効に機能しない。だが、これをひっくるめて行うには新たな法的枠組みが不可欠だ。
有事以外の緊急事態に対応する法律には、災害対策基本法、大規模地震対策特別措置法、原子力災害対策特別措置法などがある。平成16年と17年に、これらの法体系を総合するための緊急事態基本法の整備を、自民、民主、公明の3党で約したものの、実現できていない。今回の事態を切り抜けた後に改めて危機管理の包括的な法体系を検討すべきである。
最後に、今回のような国家危機には、政府と政党、専門家や一般国民の総力を挙げて努力する体制を作る必要がある。与党だの野党だのと言っている余裕もないし、場合でもない。政府の内も外もない。国家を挙げて人材を登用し、企業や専門家を含めて国民の総力を結集することが欠かせない。
政府経験のない野党であった政党だけで全てをやろうとすることにはどだい、無理がある。民主党のそんな体質を変えることこそむしろ急務というべきであろう。
(産経ニュース2011.3.17)
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