【正論】中国現代史研究家・鳥居民 中国共産党90歳の不都合な真実
7月1日の今日、中国共産党は創立90周年を迎えた。「愛党」をスローガンにした祝日である。今年の初めから、中国共産党が「私たちは幸福だ」といった宣伝戦を全土で繰り広げてきたのは、この「愛党」キャンペーンに繋(つな)げる算段があってのことだった。
≪党史真ん中に毛の過ち、文革≫
さて、中国共産党は、自分たちは90年の歴史を持つのだと鼻を高くしているが、その歴史のすべてを明らかにすることはできないできた。この90年の丁度(ちょうど)真ん中に当たるのが1966年なのだと気づけば、感慨を覚える人もいよう。毛沢東の死まで10年間続く文化大革命が始まった年である。
彭真(ほうしん)北京市長が若者2人に両腕をねじ上げられている光景を収めた写真を見せられて、「スマートでないが正直だ」「地球規模で問題は展開」などと語った日本人もいたのだが、文化大革命が毛の復讐(ふくしゅう)心を込めた粛清だったことは後に誰もが知るようになる。
だが、共産党はその文化大革命の系統的な研究を許していない。そして、文革を生み出した大躍進運動と「3年の自然災害」についても、真実を伏せてきた。
≪口つぐんできた大躍進、飢饉≫
昨年、「毛沢東の大飢饉(ききん)」という題の歴史書が、英国で刊行された。邦訳は今月末に発行される。著者は、フランク・ディケーター・ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)教授である。教授は2005年から09年にかけ、広東省から甘粛省までの地方党委員会が管轄する公文書館を訪れ、大躍進運動と大飢饉に関する党の資料を収集し、隠蔽されてきた秘密を調べ上げた。そして、党幹部により収容所に送られて殺された者が250万人にも上り、餓死者と合わせて犠牲者は4500万人に達することを明らかにした。
明らかになった事実はもうひとつある。ディケーター氏のような外国の研究者が党の公文書館から資料を収集できたことからも分かるように、「毛沢東の大飢饉」を認めようとする党幹部がいるという事実である。政治改革を怠り、硬直化した政治体制を弾圧と投獄でこの先も維持していくことはできないと考える人たちであり、その中心人物は温家宝首相だ。
ところが、毛沢東を卑しめてしまったら、党そのものが傷つき、党による支配が難しくなると、これまで通りの考えを変えようとしない党幹部がいる。さらには、党の権威を浸食する価値の多元化を抑えるためには、いまこそ毛沢東が必要だと、もっと積極的に捉(とら)える党幹部がいて、潜勢力を持つ党長老の支持を得てもいる。
これらの2つの勢力が、来年秋の党大会に向けて、影響力争いを繰り広げる中で、毛沢東批判を許さないと説く党幹部、国家副主席の習近平氏、重慶市党委書記の薄煕来(はくきらい)氏が力を強めている。
≪改革成せずに涙した?温首相≫
この5月の下旬、日中韓首脳会談が東京で開かれ、温首相が来日した。公式行事のない一夜、温首相は中国大使館員と華僑の集まりで話をした。政治改革が必要だと説いているうちに、首相は涙ぐんで、目頭を指で押さえた。
温家宝首相は1980年代後半の党総書記の胡耀邦、続く趙紫陽と同じように、政治改革の志を遂げることができないまま退陣することになるのであろうか。
では、ソ連共産党が91年に壊滅した後-胡耀邦が87年に追われ、趙紫陽が89年に追われた後、と言ってもよいのだが-、今日までの20年、中国共産党が存続できたのはなぜだったのであろう。
何よりも幸運に恵まれた。アメリカの好景気がずっと続いたのである。中国の港からアメリカの港に向かうコンテナ船は食料以外、アメリカ人が住まいの中で必要とするすべての物を運んだ。アメリカから中国に戻ってくるコンテナは、あらかたが空っぽで、せいぜい古新聞と干し草だった。
中国の対米貿易は膨大な黒字となって、アメリカ国債に化け、そうした低コストの資本供給が、アメリカの住宅建設を異常なまでに拡大させ、それがまた、中国の対米輸出を増大させていく。
中国はたちまち「世界の工場」になり、農民工は「2等公民」の扱いを受けながらも、1億人から2億人へと増え続け、「世界の労働者」となった。中国の基幹産業を独占する国有企業も巨大な力を持つようになり、党長老の一家はいずれも大財閥となった。実質的に大地主になっている地方の党幹部の親族も、大資産家となった。そして、軍事費と治安費は毎年2桁もの伸びを続けてきた。
クレムリンからソ連国旗が消えて、ロシアの三色旗に代わってから20年この方、中国共産党の存続の日々はこのような塩梅(あんばい)だった。しかし、この先、中国の経済が、これまでと同じ仕組み、同じやり方で進展していくことはあり得ないし、軍事費と治安費が5年ごとに倍増することを許してきた時代も終わらざるを得ない。習近平氏と薄煕来氏は、温家宝氏が手厳しく批判している、「封建主義の遺風」「文革の余毒」にひたっている余裕はないはずである。(産経ニュース2011.7.3)
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