『日本の再生』~機能不全に陥った対米隷属経済からの脱却~植草一秀(青志社)
経済について卓越した知識と分析力を持ちながらえん罪事件に巻き込まれ、学術の世界とマスメディアから排除された天才エコノミストの最新刊(2011.11発売)である。副題は「機能不全に陥った対米隷属経済からの脱却」。15年以上続くデフレと東日本大震災で傷付いたわが国を立て直す処方を明示する。
国民が巨大地震と原発事故で塗炭の苦しみを強いられているときに、政府の打ち出した政策は消費税の引き上げと環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)という暴挙。植草氏は学者としての良心にかんがみ、両者の実現を許すことができない。
植草氏は昨年上梓の『日本の独立』(飛鳥新社)で、わが国を支配する利権複合体を米(米国)、官(官僚)、業(大資本)、政(政治家)、電(マスメディア)の5者と告発した。原発事故を引き起こしたのも、突き詰めればこの悪徳ペンタゴンであり、「財政危機」を宣伝して国民生活を疲弊させてきたのもこの支配構図にあると説く。
同書は5つの章からなる。すなわち、第1章「東日本大震災・東電福島第1原発事故で日本は沈没してしまうのか」、第2章「日本の財政は本当に危機にあるのか」、第3章「市場原理主義の亡霊」、第4章「エネルギーと日本経済の未来」、第5章「対米隷属の経済政策の脱却」。
第1章では、福島原発の事故は貞観地震や明治三陸地震を考慮に入れれば想定できたはずで、原子力損害賠償法の例外規定は当てはまらないとして、東京電力の破綻処理を主張する。賠償額が事業者の能力を超えた場合、国が援助を行えることを原賠法は定めているからだ。
第2章では、「財政危機」の誤解を解き、震災復興を契機にした国内経済の再活性化を訴える。国の借金が1000兆円に迫るというのは財務省の宣伝文句で、実際は政府債務残高のうち特例国債の391兆円だけの問題にすぎないと指摘。しかも、政府は647兆円の資産を保有し、資産超過の状態にあるから、その財務状況は諸外国に劣るわけではない。省益にこだわる財務省が経済を破壊するメカニズムを説き明かす部分は圧巻である。
第3章は経済学の講義。フリードマンに代表されるサプライサイドの経済学が誕生した背景を、アダム・スミスからケインズを経由して分かりやすく説明する。弱肉強食の思想に冒された現状を是正するための方策として、所得再分配政策の見直しとともに、地方への人口分散と官僚利権の根絶を唱える。
第4章は原発事故の責任を問うとともに、核に頼らないエネルギー確保の追求を訴える。よく原発の発電量は3割を超えていると教えられるが、実は現状でも火力や水力で賄えることを説明し、中曽根康弘や正力松太郎など「原発マフィア」のエージェントがいびつな電力体制をつくったことを指摘する。
第5章では、経済学者としての真骨頂が存分に発揮されている。対米隷属の政策として特に強調されているのが、為替介入とTPPだ。現在も円高是正を名目に米ドル買いを実施しているが、2011年8月末時点で1兆2185ドルの外貨準備金を保有するわが国は、過去4年間で51.2兆円もの為替差損を出している。
うち、2年間は現首相の野田佳彦氏が財務副大臣、財務大臣として無駄な介入を推進してきた。買ったドルは米国債の購入に充てられ、売った試しはない。外貨準備は事実上、米国に対する上納金だ。4年間で買い増した3050億ドル(約30兆円)を含めて、すべての外貨準備を金地金に振り替えていたら、米債を保有した現状に比べ、時価総額が140兆円も多くなっている。
「第三の開国」と宣伝されているTPPだが、わが国の市場は十分開放されている。平均関税率は米国より低く、農産物はEUより低い。締結によってメリットを受けると言われる製造業のGDP構成比は17.6%にすぎない。つまり「17.6%のために82.4%を犠牲にしてよいのか」が正しい提起だと指摘する。
植草氏は03年、当時の民主党菅直人代表から次の内閣で財務相就任を要請されていた。氏が今の政権の参謀として入っていたら、どんなに心強いだろう。きっとわが国は再興し、皆、生き生きと暮らしを楽しめる社会が訪れるのではないだろうか。
彼の鋭い分析力を知りながら、過去の事件が引っかかって読む気になれない人もいるかもしれない。しかし、それこそ悪徳ペンタゴンがつくった誤解だ。彼が無実であることは、07年上梓の『知られざる真実—勾留地にて—』(イプシロン出版企画)やネットニュースに配信した拙稿などをご覧になれば明白だ。
植草氏の誠実で明晰(めいせき)な訴えに、すべての日本人が耳を傾けてほしい。われわれの子孫の幸せのために。
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