詳解 中小会社の会計要領(川崎照行・万代勝信編著)
◆中小会計要領の経緯
日本で、中小企業の会計に関する本格的な議論が開始されたのは。2002年2月に設置された中企庁の「中小企業の会計に関する研究会」である。その後、2005年8月に会計士協会、日税連、日本商工会議所、企業会計基準委員会の4団体から、「中小指針」が公表され、日本で最初の中小企業会計基準が成立した。しかし、中小指針は、会社法上、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」(会社法431条)の1つとされたものの、その普及状況は決して芳しいものではなかった。他方、日本では、国際会計基準(IFRS)とのコンバージェンスが加速化しており、中小企業に対するその影響が懸念されていた。このような状況を踏まえ、中小企業の実態に即した会計のあり方について検討を行うため、2011年2月に、「中小企業の会計に関する検討会」が設置され、2012年3月に「検討会報告書」が公表されるに至った。この「検討会報告書」の中核をなしているのが中小会計要領であり、中小企業の身の丈に合った新たな会計ルールとされる。
◆中小会計要領の特徴
(1)中小会計要領の前提
大企業と中小企業の企業属性の相違に対する認識である。企業属性が相違すれば、必然的に大企業と中小企業で営まれる会計行為(会計慣行)も相違することとなる。そのため、大企業向けの会計基準を適用するよりも、中小企業の属性に見合った会計基準を制度化する方が、中小企業の計算書類の信頼性を高めることになるという認識が、中小企業の会計(中小会計要領)の基底に位置づけられている。
(2)中小会計要領の考え方
①中小企業の経営者が活用しようと思えるよう、理解しやすく、自社の経営状況の把握に役立つ会計【中小企業の経営者に役立つ会計】
②中小企業の利害関係者(金融機関、取引先、株主等)への情報提供に資する会計【利害関係者と繋がる会計】
③中小企業の実務における会計慣行を十分に考慮し、会計と税務の調和を図ったうえで、会社計算規則に準拠した会計【実務に配慮し税制と親和性のある会計】
④計算書類等の作成負担は最小限に留め、中小企業に過重な負担を課さない会計【実行可能な会計】
(3)中小会計要領の構成
「総論」9項目と「各論」14項目から構成されており、中小指針と比較して、シンプルな構成となっている。総論の特徴は次の2点。
①国際会計基準(IFRS)の影響の遮断である。その結果、中小会計要領は毎年改訂されることなく、改訂は必要とされる場合に限られる。
②記帳の重視である。記帳は、会計行為の出発点であり、正確な会計帳簿の作成は計算書類の適正性を確保する前提要件とされる。
また、「各論」は、取得原価主義、企業会計原則、法人税法等を踏まえた中小企業の実態に即した会計処理の規定となっている。
(4)中小会計要領と中小指針の相違
中小会計要領と中小指針はともに、会社法上、中小企業にとって「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」である点に相違はない。しかし、両者の間には、企業会計基準および法人税法との関係において、次のような基本的相違がみられる。
①中小指針は大企業(公開企業)向け会計基準である企業会計基準を要約し簡素化したものであり、その策定アプローチは「トップダウン・アプローチ」として特徴づけられる。これに対し、中小会計要領は中小企業の属性を見定め、その属性に見合った形で会計基準を積み上げる方式を採用していることから、その策定アプローチは「ボトムアップ・アプローチ」として特徴づけられる。
②中小指針は法人税法の会計処理の適用にあたり、中小指針に照らして経済実態が「おおむね適正に合致」しているとか、「重要な差異がない」とかの判断を求めている。これに対し、中小会計要領は「確定決算主義」と中小企業の実務における会計慣行に最大限配慮し、税制と親和性の高い会計処理規定となっている。
◆中小会計要領の普及・活用
中小企業の会計の質を高めるには、中小会計要領は中小企業の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」として、制度的に定着しなければならない。そのためには、中小会計要領の普及・活用のために、中小企業関係者(行政機関、中小企業団体、金融機関、会計専門職、会計教育者など)が総力を結集し、中小企業に対する指導・教育等を精力的に展開していかなければならない。
◆税理士の果たすべき役割
平成24年3月、「中小企業政策審議会企業力強化部会」(経済産業省中小企業庁)は、中小企業自らが勝ち残るための企業力を強化する方策、ならびに地域経済を活性化する方策において、「中間とりまとめ~グローバル競争化における今後の中小企業政策のあり方~」を公表した。これは、「金融と経営支援の一体的取組」という視点から、「金融と経営支援の一体的取組」の中心に平成24年2月に公表された「中小会計要領」を重要な柱として位置づけている。その取組みに当たる支援機関として、一定の地域金融機関と税理士等を認定し、経営支援の担い手として「税理士」を取り込み、法的な裏づけとして「中小企業経営力強化支援法」によって「中小企業の支援事業を行う者」の認定制度を創設した。坂本孝司先生の言葉をお借りすると、「金融機関は、融資している企業の経営改善支援に関して、公的機関として認定されているTKC会員事務所を既顧問税理士に遠慮せずに堂々と紹介できる」ことになる。このことは金融機関、会計事務所、中小企業三者にとって、極めてインパクトのある施策となるのではないか。これはまさにTKC全国会創設以来、運動してきた活動そのものが国家の施策となり、わが国の宝である中小企業の支援をより強化していくことになるのである。TKC会員事務所が、会計事務所経営における競争優位性を保ち、関与先をはじめ社会から真に信頼されるよう事務局スタッフとして精一杯支援していく所存である。
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