日本人にしかできない「気づかい」の習慣(上田比呂志著)
東京ディズニーランドができる遥か前、ディズニーに魅せられ、憧れ続けた老舗料亭のお坊ちゃんがいた。大卒後、彼は「ディズニープログラムに行ける研修制度があるから」という下心を秘めて、百貨店三越に入社する。
念願叶い、28歳でフロリダのディズニープログラムに参加。その後も三越で業績を積み、ディズニーワールド・エピコットセンター・ジャパンパビリオンの取締役に就任、辣腕をふるう。
そんな著者が書いたディズニー礼賛の物語かと思ったら、かなり違っていた。本書の要諦は、大正時代から続いた老舗料亭の息子として学んだ「心」、三越で身に付けた「スキル」、そしてディズニーの「仕組み」を絶妙にブレンドした独自の在り方論、仕事観にある。
著者は10歳でお店の手伝いを始めた。お酒を人肌に温める仕事をしながら、時の政治家や企業幹部と芸者衆のやりとりを観察していたというから、随分ゴージャスな社会勉強だ。お金を払って手に入れる「サービス」と「気づかい」は根本的に違う。本当の気づかいは、自分が心から楽しまなければ生まれない。著者の気づかい哲学の一部は、芸者衆や料亭創設者の祖母の言葉から形成されていった。
三越での勤務は20年余だから決して短くない。接客、事務、お店の資金繰り、人の管理。副支配人時代はクレーム処理に追われ、突然のグアム三越立て直しのミッションには戸惑うばかり。そんな中でよい仕事をしていくためには、堅実なスキルとそれを生かす意識、アンテナの感度が重要だという。特段変わった見解ではないが、人並み以上の修羅場を経験しての言葉だけに説得力を感じた。
そして、ディズニーのキモはやはり「仕組み」。マニュアルがほとんどないのは有名だが、従業員の厳選と、モチベーションを向上させるシステムによって、高レベルの仕事が維持されている。「出身国別の従業員食堂」「褒賞を受けたキャストの家族を無料で招待する制度」など、ディズニーで働けて幸せだと思わせる仕組みづくりは確かにうまい。
読後感のよさは、バランスのよさに起因するのだろう。体験談だけでなく、古今東西の名言や考え方も引きながら、すっきり分析している。ディズニーに偏りすぎず、かといって日本優位論のような力みもない。気づかいの感じられる本なのだ。
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